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プロフィール

Hide-αche

Author:Hide-αche
イラストを描いたり詩を作ったりして
空想の具現を生き甲斐とするものです。

根っからの音楽好きで
音楽がなければ消滅しますたぶん。

あ、地味に名前変わりました(20071111)

尚当ページではリンクを張る行為を禁止しております。
どうか理解の程を宜しくお願いします。


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会場の1時間半前に、分厚く覆っていた雲から
物販に並ぶ列を眩しいくらいの光が突き差した。

再始動と謳った恵比寿LIQUIDROOMと大阪BIG CATのライブのセットリストは、まさに昨日までの台風と形容できるほどアッパーな内容だったわけだが

つまり、3つ目を数える今回の公演はこうなるのかなと想像してみたりもしたんだ。



----------------------------


20010923-前日に、
chainオフィシャルのDVDが届いた。

20050214に解散した際に一番最後に演奏された「I believe」を一番最初に選曲した20110702。

月森の声だけで幕を開ける演出は
月森の声が、wyseがwyseと言わしめる要因だと彼ら自身が言い切っていた。

解散の引金を引いたのは月森自身で
再結成を決定付けたのも月森自身で。

「wyseを解散させといて、俺がまた歌ってもいいのかなって」
と語っていた月森。

でもその答えもまた、彼ら自身が歌ってきたものだったんだ。

“そんなに 自分を責めなくたっていいよ”
“そんなに 君は臆病じゃないはずさ”


--------------------------------


20110923 SHIBUYA-AX 『全てが停止するその一秒前っていられるか』


【You gotta be】

始まったときの歓声といったらなかった。
「衝撃を残す」目的だった前回までとは明らかに違う、
みんなで1つのものを…とかいろんなものをとっぱらって
各々楽しんでこうというメッセージだと受け取ってみた。

自分を解放するのをためらってた人なんていなかったんじゃないだろうか。
なんだこの盛り上がり。
メンバーの笑顔がそれをさらに増長させる。

「激しい波を掻き分けるSwimmerさ 道に迷うたび君は強くなれる」


【Secret Lip】

世間のアーティストはたまにいい歌詞ができたときだけ
 -今回はメッセージ性の高い曲で-
とか言いやがる。

でもwyseは違う。
全曲にメッセージ性がある。

こんなライブ重視の曲だって同様だ。
ほら、もう観客は好き勝手飛び廻ってる。

「敏感な感度で精密な回路さ 常識で僕を止めれるかい?」


【Countless trigger】

波が変わって横ユレは縦ノリになる。

もしかしたらwyseは世間的にはミディアムな曲が印象のバンドなのかもしれない。
でもその認識は間違ってる。
窒息寸前GIG、とか謳ったライブだってある、熱いバンドなんだ。

前の曲での妖しい赤から一気に色調を落とした紅に変幻した証明をバックに叫ぶ月森。
…かっこいい


【Vision】

再始動したwyseの2011年一発目の新曲。
“過去の曲をなぞるだけ”のライブじゃないのは
これが単発だけの再結成ではないと示すもの。

個人的な感触はwadeに似ていると思う。
「wyseを作ったときの感覚と似てる」とはTAKUMA談。
でもそれを読むより先に
初期衝動が上手くパッケージされたように感じたのだ。

「届いてる 届いてない 届けたい 届かせたい」


【終わらない夜のマーメイド】

…まさかの(笑)
周囲で“歓声”とはまた違う笑い声が聞こえた気がした。
いや、ある意味ほんとの“歓”声なのか。

私は思わずこの曲が大好きだと公言する
同じ空間にいる友人を思い浮かべた。
きっとすごい笑顔で迎えているのだろう。

You gotta beで感じた“楽しもう”を体言するライブなんだなと感じた。
「クロールしている僕がいる」のフレーズでの腕の動きも恒例のままで。

「不確かな感触 それでも君は僕を泳ぎ続ける」


【Rainy】

今度は私が喜ぶ番だ。
今日はマニアックな曲が多くないかい?
ここAXだよ?(笑)

とびきり軽快で爽快だけどヘヴィなリズム。
全英語詩で駆け抜けサビで疾走する非常に短い曲。

wyseはとくに歌詞で好きな私だけど
この曲だけはなぜか感覚だけですごい好きな曲。
そりゃ頭も揺れる。

「My heart will become like a rainy sky」


【Scarred Mind】

この日発売の新曲…のカップリング。

え、こっちが表題曲じゃないの?
って思うほどキャッチーでアップテンポなロックナンバー。

なんか、wyseにありそうでなかった正統派なメジャーV系な手触り。
多分歌詞のせい。

…これ、ちょっとヒロウザーさん光臨してないですかね?(笑)
サビ最後の月森の咆哮が最高にかっこいい。

CDで聴くよりライブの方が激しくてよかったな…
と思うのはこの手の曲にはよくある話。


【imply】

是非ライブで聴きたかった曲。
当時このときはライブ行ってなかったけど
DVDでみててそのパワーってのが重くのしかかってきた。

あぁ、メジャー行ってこの業界の汚い部分を見てしまった故の歌詞なんだろうなって。

まさに、AなんたらってアイドルグループやEなんたらってダンスグループにぶつけてほしい曲ですね。

「安らぎ 自由 未来さえも 結局は金か?」


【パンジー】

先のメッセージ性云々ってのにさらに投げかけたい。
本当にメッセージ性があるとはこういうことだといいたい。

例えるなら
「みんなで手を繋ぎ助け合っていこう」というのは
大衆性と発言力の有るメジャーアーティストが呼びかけるべき言葉だ。
その辺の一般人がどれだけ吼えても叶えられることはない。

でも、手を繋ぐ者の心はどうだろう。
血やら泥やらで汚れた誰かと、君は手を繋げるだろうか?

だったら、手を拭こうと促したらどうだろうか。

でもその前に自分自身はどうだい?
その手は誰かの手を握るのに適した体(てい)をしているかい?


…ってのを歌ってるという、私の解釈です。

「ある日少年はこんなことを思った
 “どうして人は傷つけあうの?”
 そしたら あいつは“生きてゆく中で人は
 勝者と敗者に分かれるからさ”なんていいやがった」


ついでに言うと、これ反原発の内容でもあるよね。
…あ、長くなりそうだから今度書こう


【Sweet rain】

これも懐かしい曲ですね。
いや全部懐かしいんだけど(苦笑)

これはファン人気が昔から高い曲で
これも歓声が大きかった。
(私はそうでもないんだけど←)

隣でみてた友人とも話してたんだけど
上に登っていく光の筋がすごいきれいだった。


【無色の雪】

これはドラムに個性が出ちゃう曲ですよね。
DVD見たときから思ってたけど
SammyさんじゃなくToshiさんが叩いてから別の曲のように感じる。
どっちがいいとかじゃないけど、新鮮に聴こえてます。

MCで「知名度が低いんじゃないかな」って言ってたけど
確かにベスト(というか再録集)にしか収録されてないけど
…カラオケに入ってるからそうでもないんじゃないかな(笑)

私の解釈では
“無色の雪”ってのはTAKUMAが散りばめた歌詞かなとか思ってます。

「言葉よりも儚くていい きらきら輝きたい」


【Air】

この曲はライブ映えするよねぇ。
激しい曲ではなくキャッチーな方向性なのに。

「Oh Year!」での月森のパフォーマンスが拍車をかけます。

「僕の声 体 思考にルールなんていらない」


【To Shy】

本日発売の表題曲。
…シングルっぽくねぇww

ファンキーなリズムで
感触としては誘惑なパラダイス2011。
ノッリノリやなぁ。

なんとここまで前の2回のライブと被ってる曲は2曲だけ。
wyseのキャパシィの広さを感じます。
曲だけなら、本人達が言うとおり相当あるからねぇ。
当然ライブによってインパクトが違います。

前回は“動”。
今回は“静”とみせかけてむしろ“陽”?

どこを切っても“wyse”なのはさすがです。


実はこれ
最初TAKUMAソロの“To say”と勘違いしてたんですよね。
…さすがに安易にそんなことはしないか。

でも“Miscast”とか“原罪の矢”とかはwyseで聴いて見たい気がする。


【最果てで燃やせ】

MORIはバンドによって持ってくる曲が違うことに定評があると勝手に思っている。
Loop(美夕)でのsnow flakeとか
MARK MUFFINでの、作曲に関わってるかわかんないけどそれと
Annie's Blackでの赤いヒール
そしてソロ。

どれもwyseでのMORI曲とはまったく毛並みが違うものだ。
それをwyse自身が「MORIらしい曲」として迎えるのだから、きっとそうなのだろう。

それらは総じて“ライブ向け”と称される。
だから2011年で盛り上がりはこれで最高潮になるのも必然だろう。

当然これもCDよりライブのほうが(ry


【Honey lip】

「もう…ヤバイ曲しか残ってねぇなぁ」と言い放った月森の宣言通りの曲が続く。
自称独身女性の女 もCDに入ってるんだから
これもいつか入れてくれないかな。


【やってらんねえ】

その「ヤバイ曲」の中で私が一番好きな曲。
タイトルからしてあからさまに。

「やってらんねぇー!!!!」

の大合唱は一緒に叫ばないと逆に恥かしいくらいです。


【Plastic Monkey】

私が眼鏡を外してスタンバイするのを見て
隣にいる友人から
 あ、頭振るんだな ってのがわかったw
と言われてしまいました。

これもみんな頭降るんで、一緒に参加しないと逆に(ry


【A≦nd crash!!】

V系の煽り曲の大半は叫びたいだけ吼えたいだけで何も内容のない曲が多いです。

だがしかし、wyseは違う。

叫ぶだけに見合う歌詞がここに内包されている。

あとはこちらがそれに呼応するだけなのです。


【路地裏のルール】

もしもロック好きの人がwyseを好きになったなら
この曲が代表曲だときっと言うのだろう。

まぁ30過ぎたおっさんが演るような曲じゃないわな(笑)

でもだからこそかっこいいんじゃない?

と30も近い人間が言ってみます。


【Miss txxx】

今回のライブのタイトルにもなっている歌詞が含有された曲。
トばしたまま終幕にツっこんでく展開が素晴らしい。

一度解散したバンドだからこそ
逆にこの言葉の持つ意味を掘り下げたうえで確信を持って叫ぶのだろう。

「すべてが停止するその一秒前に俺は 笑っていられるか ただそれだけさ」


----------------

アンコールは
With...
あの日の白い鳥
I believe
chain

で終了。


解散直前に見に行った2本
解散発表したColorsと解散ライブのgood bye my friends
はアンコールがなかった(というか必要が無かったしキレイに終幕した)
ので、複雑ながらも“アンコール”を声張れたのが嬉しかった。

(複雑なのは、私はアンコールは必要ないと考える人間なので)


再結成ってのは、大概において結成したそのときは再び燃え上がるものの
すぐに沈静化して“前の方がよかったな”と微妙な心情を植えつけてしまうものなのかもしれない。

まだwyseが今後どうなるかはそのときになってみないと分からないけど
なんとなく急激にファンが離れてくことはないように思える。

なぜなら、昔からwyseのファンは“アガ”らないのだ。
“にわか”が少ないということ。

だから中古ショップにCDが並ぶ光景を多くは見たことがない。


あと、正真正銘一発目の復活ライブのチケットは
先行予約でまず落選し
一縷の望みで挑んだ一般発売も
10:00ジャストにローソンにいたのに取れなかった。
まさにプレミアムチケットと化したのだ。

解散ライブですら、完売するのに時間を有していたはずなのに、だ。

これは活動停止していた6年の間
ファンが減るどころか増えていたと捉えられるのではないか。

確かに知名度は低いけど、好きになったらそれが揺るがない。
そんな稀有なバンドだと思う。


そして6年ぶりのライブ開場には
驚くことに男性客が増えていた。

当時は男女比1:9くらいだったのに。

V系好きな男性は、やはり音楽性的にもっとゴリゴリしたサウンドを求める傾向があるので
こういう“ソフヴィ”と呼ばれるジャンルにはあまり寄り付かないものなんだけどね。

音楽性だけじゃない、精神的な“ロック”を感じ取ったと
そういうことなんだろうなぁ。





CDの棚とWindowsMediaPlayerにwyseが増えることの喜び。

そしてwyseのこれからの予定が期待できることの喜び



こと歌詞に関しては

wyse以上のものは私の中では存在しない。


もう半年も経って
あの悲しみが薄れてる人もいるのんじゃないのかな。

「だから」でも「だけど」でもないけど、

ただwyseは昔からそういうことを歌ってきたんだ。
愛を叫べ、と。


「永遠はない 絶対はない
 だから僕達にも 終わりはないんだ」


wyseを好きな私で、よかった。

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The VOICE

音楽に力学的な質量は存在しない。

それでも愛されるのは
ココロに作用するという、極めて精神的なもの。

届くか否かではなく、届けたいという気持ち。
受け取るというよりも、響くという体感。

作曲するとき、どんなことを考えているかはわからないけど
私は今日も胸に響く音楽を求めて、新しいメロディの中を泳ぐ。



人は歌うとき
自分以外の人へ向けて歌唱する人は、実はそんなに多くないと思う。

ラブソング。
「あなたへ」届けたい気持ち。
それは自分の想い。

ロックやパンク。
「世間への」反感。激しい衝動。
それも自分の想い。

ヒーリングやイージーリスニング。
「不特定多数」を癒せる数字の音楽。
それは“そういう”存在の音。

実際はどれも聴き手の解釈によって共感や癒しを得られるし
私自身もそうして音楽を楽しんでいる。


けれど、ごく稀に
なにか辛い状況に瀕している人へ
直接音楽を届けに行く人もいるという事実。


その行動は
食料を届けたり金銭を支援したり復旧作業に参加したり
直接的な解決ではないのかもしれない。

でも音楽はココロを救える素敵な素材。
ましてや商業的な利益を目的としない音楽は
何物よりも崇高だと感じる。

「あなたを」救いたい。
チカラになれないかもしれないけれど
「ワタシの気持ち」を今伝えたい。

それは必ずしも望まれた救いじゃないかもしれない。
でも、それでも、手を差し伸べたい、
そういう強い思いを感じる。

だからそういう慈善活動を目にすると
そのアーティストを応援したくなってしまう。


…自分が出来ればいいんだろうケドね(苦笑)
でも、自分が出来ないことをやってる人はやぱり尊敬できるし
この考え方は間違ってないはず。


誰かのための歌。

そんな数少ない楽曲に出会えたら
それは素敵なことだよね。

とりあえず、100万枚売るために作られる音楽よりは
胸に響く楽曲に違いない。


まぁそもそも、作曲事態を楽しいと想う気持ちを忘れてる場合も
あると思うけどね。

作曲するとき、どんなことを考えているかはわからないけど
どうして自分が曲を作ろうと思ったのか
そのことを時々は思い出して欲しい。

楽しいなら
その原動力ってなんだっけ?
苦しいなら
そうしてまで伝えたいことってなんだっけ?

もちろん音楽だけじゃない。
私だって
こうして絵を描いたり詞を書いたりするから
他人事じゃないし。


私自身、誰かのために活動してるわけじゃないけど
…誰かにこの想いが届きますように。

手段は別に問わないから
アナタも声を届けたいという気持ちを忘れないように。



そんなわけで、KOKIAというアーティストを尊敬します、という内容でした。
KOKIA聴いた後だと、ちょっとそこら(一部)のJ-POPってとっても汚れて見えますね(笑)

特に最近、歌詞に「側にいて欲しい」ってのが多い気がするけど
自分が誰かの側にいようとまず思ってるのかい?

待ってるだけじゃ置いてかれるぜ?
それがいやならそこでうずくまってないで
立ち上がって追いかけてみよう。

同情の顔を浮かべるだけかい?
少しでも救いたいと思うなら謳うだけじゃなくて
手を差し伸べてみよう。

そんな精神で。

結局どっちも自分に言い聞かせてる台詞です。


KOKIAとより子の音楽を聴きながら
醜い自分と見つめなおしてみたり。

結局自分を救えるのは自分だけだから
こうしてココロを勇気付けてくれる音楽を、私は愛してる。

EXIT ⇔ ENTRANCE

20080502「約束の日」

『これは俺からのプレゼントだ!』

もうこれでライブが終了したっと思った人が多かったのか

まばらなアンコールが続く中

それとは裏腹に重々しく幕が上がると

耳に馴染み捲くった前奏が始まる。

Innocent Cry。

それはJILSの楽曲。

これはKαinのライブ。

この楽曲を演奏することの意味。

この日にやることの意味。

幸也が歌うことの意味。

租借して

されど全てを飲み込んで。

楽しいばかりだった今日のライブに

なぜか涙がこぼれた。


------


赤坂BLITZというライブ会場が復活したという。

私が前回足を運んだのは実に5年も前で
友人に誘われて、始めてJILSを聴いた日でもある。

それまで音源はほとんど聴いたことがなく
ほぼ楽曲の知識がゼロの状態でライブに望み

・・・そこで致命傷を負ったわけだ。
今でもSinが撃ち込んだ衝撃が忘れられない。


ちょうど1年前JILSは「解体」という言葉を以ってラストライブを公演した。
公演、という表現に相応しく
舞台装置は豪奢で、演奏楽曲は荘厳の内に終わった。

教会の出口にも入口にもに見えたステージ。
鍾乳洞の深淵か摩天楼の頂上に収めてありそうな空間。

終幕を連想させるに充分な、大袈裟な扉は開いて
幸也の背中は振り返らなかった。


・・・。


当日。空はあいにくの曇天。
赤坂駅を降りてすぐ、黒の長蛇の列。
開演時間をかなり押してからそれを鵜呑む赤坂BRITZ。

ついにKαinになってから二回目のワンマン開演だ。

まず目に付くのは鋼鉄に十字を切られた暗幕に備えられた大仰な扉。
それに続く無数の燭台に沿われた階段。


-まるで一年前のあの扉の向こう側みたいだ-


そんな想いを抱いて呆けてると5人が降りてくる。
一曲目に演奏されたのは希望の欠片。
paradiselostの最後を飾るナンバー。

そこから新曲を交えつつ、アルバムの中の曲を消化して行く。
そのどれもが世界観を崩すことなく
紙芝居のように一つの物語を完結に導いてゆく。

本編は淀みなく進み・・・と言いたいところだが
羽根-Hane-の途中で機材トラブルが発生。

よってアンコールに乗じて演奏されなおして、
二回目のアンコール、Innocent Cry→回帰線へ続き

今回のライブも文句なく楽しいライブだったと思えた。


しかし、今回のライブは私にとって
MCが最高だった、と言わざるをえない。

それは私が普段からJ-POP(正確にはそのマスメディア・リスナー)に対して抱いていた感情であり
幸也以外のライブを見に行かなくなった理由でもあった。

簡単な言葉で言えば一言、共感した、ということなんだけど。


※ここからは私の普段思ってることであり、幸也さんの発言ではない※

曲に対して。

定期的にシングルを発売して、それとなんか適当な曲を集めてアルバムを一枚作成。
またシングルを何枚か放出して、次のアルバムが発売する頃には以前のアルバムの曲には興味なしなインタビュアー。

楽曲への思い入れがないから、
「この曲の解釈は聴いてる人に委ねます」と言って楽曲の説明を放棄する作成者。

そんな音楽業界。

曲にストーリーがあっても解釈は勝手にするし、(ちゃんと聴いてる人は)
ストーリーがあったらそれを読み解く楽しみだってあるわけだし。(ちゃんと聴いてる人は)

まぁ音楽ってのは作るも聴くも娯楽なのでそんなのは装飾の一つかもしれないけど
私はそういうのはあまり好まないし、薦められたくない。


ライブについて。

バラードもしくは哀愁系のメロディでしっとりじっとり演奏した後で
急に「そろそろ飛ばしていこうか!!」とか言って煽り出すボーカリスト。

そんなすぐには気持ちを切り替えられません。

せめてMCを挟んで空気を換えてからとか
徐々に明るい曲を交えてテンションを上げられないとついていけない。

まぁ、そう思ってるのは私だけなんで
ほかのひとはちゃんと頭振ったりオイオイ叫んでたりしてるからライブは盛り上がるんだろうけど
私にとっては「じゃあさっきまではなんだったの?演義?」とまで思っちゃうわけで。

だから飛ばすときは最初に飛ばしきって
後半から哀傷を絶叫しまくって
アンコールではっちゃける幸也さんのライブが好きなんだ。


続・ライブ。MCについて。

そのアーティストや音楽が好きならCDを買えばいい。
極端な話、私は音源さえ良ければ作った人が殺人者でも構わない。
出来上がった音源が私にとって好みの音楽だったら、それは既に「好きな音楽」である。

それでもライブに足を運ぶことの意義。
CDどおりに歌ってMCもタイトルコールだけなら、家庭用コンポで聴いた方がマシ。

もしそうじゃなかったら・・・
例えばMCが面白かったとか
歌詞が変化したとか
やっぱ楽器の技巧が半端ねぇ、とかなったら

アーティストごと好きになって
一生想いつづける音楽になる。
一生想える音楽に出会えて凄く嬉しくなる。
このアーティストに出会えてよかったと思える。


※以上、私の醜い心の中※



どの部分がこの日幸也の口から発言されたかは流石に控えるが
やっぱりこの人のライブは絶対足を運ぶべきだ、と改めて思ったライブだった。


この日、“幸也がつくった楽曲で何が聴きたい?”のアンケートで一位に選ばれ演奏された曲

Innocent Cry。

投票した人は純粋に応援してる人たちなんだなって思った。
今までの様子を見ると、中期のJILSの曲が好かれてる印象だった。
でも選ばれたのは解散一年前に長い休止を経て一発目に発表された曲。

多分、その曲に内包された(と思われる)想いを視て選ばれた(と私が勝手に思っている)楽曲。


“「声を聞かせて、」まだ必要なら 現在も変わらぬ、思いを返そう
いつか、死ぬ前に 傷跡だけでも 残して逝かせて”

そう歌われて一年後に解体したJILS。

“名も無き花でいい”

その花は傷跡に根を張り、ずっと枯れない。


ラストのラストはやはり「回帰線」。
しかし歌詞が・・・違う?

A SONG FOR YOU -きみのためのうた-
の会場版とシングル版の違いのような、視点が反対のような歌詞。

その発見も楽しかった。

さっき、悲しくもないのに流れた涙と相俟って
最高が更新されてゆく。


そして鳴り止まない拍手とともに
いつもどおり、だけど唯一の、Kαinのライブの幕は閉じた。


-------

after script

次の日のLOFTのライブではアンケート上位のうち数曲が
再びKαinのメンバーでJILSもしくはD≒SIREの曲が演奏され
例外として幸也の作曲じゃない絆-a knot-も披露。

どうしてこう、悲しい要素がまったくないライブなのにこんなに泣かされるんだろ・・・
月の最後なので連投で。
というか前半サボったので(苦笑)


先日久しぶりに“jungle smile”の“おなじ星”という曲を聴きました。

にわかにニコニコ動画では90年代ポップスがにぎわい始め
偶然にもこのPVを見つけて嬉しくなって再生した次第です。

私はV系に目覚める前、つまりJanneDaArcに出会うまでは
普通の同級生と同じようにポップスを好んで聴いてました。

(まぁ、高校の時はツェッペリンとかメガデスとかギター(だけ)がやたら目立つ洋楽も流行ってましたがそこはおいといて)


思えば90年代は男女二人組みがやたら多かった気がします。
私が聴いてたのは

Every Little Thing、My little lover、Do As Infinity、PAMELAH、Favorite blue、TWO-MIXとか・・・そしてjungle smile。

でもジャングルスマイルはこの中でも異端なイメージでした。

なぜなら・・・歌詞が鬱っぽい(笑)


当時はそこまでは思ってなかったのですが、
今改めて読み解いてみると、結構救いが無い内容のものが多かったです。

むしろ今の時代にこそ有線で流れてほしいと思うテーマが散りばめられて
いい感じに気分が落ち込みます。

私が当時好きだったのはさっきの“おなじ星”と“16才”って曲なんですが

“抱きしめたい”もしくは“祈り”この辺りの歌詞が重いです。
・・・重かったです。今やっと歌詞の内容がわかりました。

且つ、共感できてしまう自分。


聴く気が失せることを前提として書きますが
“抱きしめたい”は
欠点だらけの自分が長所だらけの人を羨んでその人が悩んでることに気づかずその人の・・・を止められなかったこと。
“祈り”は、これは歌詞が不鮮明だけど、おそらくもうすぐ・・・してしまう自分と一番近くにいる誰かとの思い出を思い返す感じ。


まぁ、探せばそういうテーマを歌った曲はたくさんあるでしょう。
ですが、ジャンスマはそこに感情が宿っています。
当時から耳に残る歌い方だなぁって思っていました。

調べてみたらボーカルの方は身体が弱くて何回か活動休止しているようですね。
そしてファンからは“命を削って歌っている”といわれるほど、力んで歌っているようですね。

だから -ここ- に響くのか。

噂では“抱きしめたい”は実体験を歌詞にしたようです。
そしてジャンスマは歌詞から楽曲を制作するという、今の邦楽では珍しい手法をとっているようで。


…だからとくに思い入れが強かったのかな。


女性ボーカルで、感情を特化した歌い方をするアーティストは多くないと思います。
やはり男性ボーカルに比べて、柔らかく美しい音色であるので
ロックな曲に合わせてもポップに聴こえるという特徴を持っています。(ジュディマリとかハイカラとか)

とくに喜怒哀楽のうち、マイナス感情は“醜い”感情であり、
きっと拒否反応を示すリスナーもいるでしょう。

だけど、だからこそ、私には耳に残るし、胸に響く。


ジャンスマを聴きなおして思ったことは、奥田美和子に似てるな、と少しだけ思いました。
奥田美和子は私が今好きなアーティストに上げている一人です。

弱々しい本人に対して、楽曲はどちらかといえば悲しい旋律で
でも歌唱は叫ぶように、泣いてるように、鳴いているように。

“怒”の表現者であるCoccoやより子にも通じるような、痛々しさ。
・・・の中にある優しさ。容しさ。


あぁ。やっぱり昔からそういう声が好きだったんだなァ。


と、自分のルーツを見た気がしました。

音楽を古く感じない、音楽は色褪せない。
そういう楽曲と出会えるからこそ、出会えているからこそ、
いつまでも邦楽と日本語の歌詞を追い求めてしまうのかなと思ったり。


日本万歳。



尚、この男女二人組みというスタイルは
昨今インディーズに多い気がしますね(笑)

fripSide、marble、my sound life、vin-PRAD、reset、real-rubbit fur、AYA+RD、デンカレ、
メジャーだけどsavege geniusとかangelaとか樹海とか・・・

・・・そしてLagunaさん。

なにか共通性があるんでしょうか(笑)
逆はあんまり見ないし。

そんな二人組みをこれからも支援いたしますw
・・・って音楽ばっかですね今月は。

(だって寝てるときって音楽しか楽しみがないじゃない)

たおやかな恋

昨年の12月くらいから、巷を賑わしている“初音ミク”のオリジナルソングを聴いてます。

始めは機械が歌うとういことで抵抗があったのですが

思ってたのより違和感が少なかったのと、
思ってた通り声がかわいかったのと、
思ってた以上にクオリティが高いのとで

今やオリジナル新曲は片っ端からチェックするようになってしまいました。

私は他の人ほど邦楽に対して絶望感は持っていないのですが
さすがにチャートを賑わしている楽曲のほとんどに
アイドル性を重視した風潮を感じたり
売り方がえげつなかったりという惨状があることを否定できません。

具体的な個人的意見に置き換えて言うと
歌詞に内容がなかったり、タイプを分けて数通りのCDを販売したり。

まぁ、自分が贔屓にしているアーティストにも後者が当てはまってしまうのが悲しいところですが(苦笑)


ところがニコニコ動画に投稿されている初音ミクや鏡音リン・レンを使った楽曲は
まずお金が絡んできません。
逆に投稿する側が被っているとも言えます(笑)

そして素人であるが故に
楽曲に対する想いはプロより込められていると客観的に思います。
そこに商業的な“成功”を納めることが前提されていないから。

されど素人であるはずが
プロ顔負けの編曲をかましてくれたりして驚かされっぱなしです。
セミプロ、というか、音楽理論の知識は一通り揃えてる人が多いのもまた事実なので。


といっても、聴いてる私が素人も素人なので
あくまで個人的な感性にまかせっきりになってしまうんですが
かなかなどうして、まったく市場の音源と聴き比べても勝るとも劣らずの楽曲も見受けられたり

逆に今の邦楽ではなかなかお目にかかれない曲調
例えばボサノヴァや重度のテクノ、ハウスミュージック、または昭和歌謡等
聴いててまったく飽きさせません。


さらに歌詞について。
むしろこっちが私がVOCALOIDに肩入れする理由なのですが
媚びや売り上げを気にする必要がないせいか
作者の“伝えたい”想いがダイレクトに込められてる気がします。

そりゃあすべてがノンフィクションじゃないし
ほんとに作者がそう想ってるのか、もしくはコチラがそれを上手く租借できているのかはわかりませんが
とにかく読んでて聴いてて、面白いです。

黒夢に言わせれば“垂れ流しのJ-POP”。
右から左に流れるようにまたく歌詞が頭に入ってこないものが多いという点では
私は共感しています。

でもここには、ふと読み解きたくなるような歌詞がいっぱいある、
思わず最期まで聞きたくなるような変調がある。

あまりプロのひとが多用しないようなアレンジを
インディ-ズ故に、インディーズながら、やってのけてしまう。

この事実は音楽鑑賞が趣味、むしろというか呼吸の一部と化している私にとって
適度に刺激的で、どうも中毒症状にも似た感覚を味あわせてくれています。

素晴らしいぜボーカロイド。
・・・の調教者達(笑)


ちなみに私はミクの声の方が好きです。

個人的に応援している中堅Pは
・あわあわP
・マチゲリータP
・スイーツ(笑)P
・samfree
・seleP

有名Pはほぼみんな大好きです。
ていうかゆうゆPを中心にみんな仲良くてなんか関係ないのに嬉しくなりますw

>小林オニキス 氏による サイハテ
>トラボルタ 氏による ココロ

には泣かされました。

意外と感動できる環境に戸惑っています。

そんな、毎週火曜日は「週刊VOCALOIDランキング」通称:ぼからん
が楽しみなHide-αcheでした。


・・・それにしても弱音ハクがかわいすぎる

only one wish 

はしゃぐ街並 潮騒 日差し浴びて
一人きり 陽炎の向こう見てる
何とはなしに注いだソーダの底
溜息と同じ色した blue

この海に溢れる笑顔 すれ違うたび
胸に重くのしかかる鼓動

澄み渡るsky 朝日 走る飛行機雲に寄せて
願いを届けられたらいいのに…ダメだ
この手を引いて どこか遠くまで連れ去ってほしいよ
足をとられても、追いつくから――



廊下で会えるごとに加速していく
自分でも名付けられない気持ち
笑う仕草を 隣で見てるだけで
嬉しくて それでよかったのに

「神様は意地悪」最近気づいたんだ
“機会”仕掛けのsea side story

晴れ渡るsky 太陽 立ち眩むくらいに眩しい
君の目に私は どう映っていますか?
自分勝手に睨む私のことを見透かして
気が付けば いつも隣にいたのに


思い出は水色 懐古を冷ます紫
…群青の深く 沈み込む想い

暮れ泥むsky 夕陽 溢れる涙を止められない
ずっと一緒だって、疑っていなかった
誰もいない海を漂う青の乱反射に
I never say love you,I'll regret forever


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only one wish ~青のクレッシェンド~

という楽曲は実は私が書いた歌詞バージョンもあります。
が、歌い手の意向で全入れ替えになっています。
なので当然ニコニコ動画に上がってるやつも
オムニバスアルバム「mixixim」に収録されてるものも
そちらの方が公開されています。

そして私のHP(ヤバイ、そろそろ更新しないと)
の方に、私のVer.を歌詞だけ置いてるんですが

実はその一個前の、いうなればβバージョンがございまして(笑)

もともとこれは、季節別女子高生の恋愛、みたいなのをサークルの方針で世界観にしていたんですが
私がpieTako氏の曲を最初に聴いてイメージしたのはコレだったりします。
(題名はPieTako氏、副題がHide-αche)

というか私の嗜好と思考が黒いんでこんな仕様ww

歌詞自体はそんなに変わってないんですが、
ストーリーがダイブ重く、
あと若干譜割りが雑です。

あと「機会仕掛けのsea side story」を思いついたのが
実は「機械仕掛けのsuicide story」だったりするので(怖)

そんな後日談。

ちなみにこのシリーズはただいま凍結中で
歌い手さんの歌詞の方が巧妙で
私の歌詞の方は設定に忠実って感じです。
11/11 光と影-Primal Moon Rising-

ステージ下手のSHIGEがギターを止めて眼前を見つめる。
花道の先頭で幸也が後ろを向き、それに応える。

『ねぇ、君が教えてくれた 「思い」は忘れないよ』

「君の声が」

(君の声を)

「求めるなら」

(求めたから)

「またもう一度」

(もう一度だけ)

「・・・詩うよ」

『FLAW』...Kαinの1stデモシングル。
これはきっと再会の詩。

SHIGEと幸也が。
幸也と私達が。

現実で傷ついた心を持ち合って
辿り着いた場所は
普通とは少しズれた空間。

・・・パラダイスロスト。
私にとっては、ライブの空間そのものが、それに相当するようだ。

始まりの日にそぐわないはずの涙が
思わず胸の隙間に滲み込んだ。


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前回20070729から約2ヵ月と半月。
幾多の奇跡を鬼籍に重ねて、ついにkαin初のワンマンの日を迎えることが出来た。

刻は14時。
すでに物販には黒の長蛇。
限られた時間に、限られた数量を求めて
ラフォーレ六本木から伸びたその尾は千切れては伸び、縮んでは修復されていく。
一向に途切れそうにもない。

・・・なにせ事前にほとんど音源がない状態での初ライブ。
少しの機会でも耳を通しておきたいのがファンの心理だろう。
私もその欲望に従って、列の細胞と化す。
この待ち時間さえ、高鳴る鼓動を増幅させる栄養補助でしかない。

天気はあいにくの小雨。
重い雲が時折唸り、思い出すようにパラパラと雫を落とす。
にも関わらず、私を革質に排出した後にも蛇尾は形成されてゆく。
後から加わっていたらしい友人との挨拶も手短に、
私は近くのコンビニ縁に急いだ。

この日のために数年かぶりに持ち出した“CDウォークマン”。
今日以上にこいつを頼りにすることはないかもしれない。
公演まで約3時間。
この時間全てを預げる。


・・・このバンドを嫌いな人を、私は嫌いになれるかもしれない。
そんな言葉を、私は宣訳書宜しくソーシャルネットワーキングに書き残した。
それくらい深層に撃ち込まれた弾丸。
もう、取り除く術を持てる気がしない。


ちょうど一週くらいしたところで、前回のライブぶりの友人から電話が鳴る。
合流して、「でもKαinにはこの天気のほうが合ってるかもね」
「快晴と幸也って合わないかも」
「雷とかあってもいいくらい」

どこか異能の世界を託したラフォーレ六本木への、
期待がさらに膨らんでしまった。



左右に燭台を構えた十字架。
それを挟む二つのスクリーン。
the ENDのプロモーションビデオがステレオで流れる中で
突起した花道に吸い寄せられるように会場が埋まってゆく。

薄暗い視界の中で揺らめく照明。
それが照らすのは絵に描いたような風景。

イヤでも20070502の九段会館を思い出す。
思えばあの時出口に見えた扉は
どこか大きな教会の入り口にも思えてきた。

怒涛のように浴びせた呼び声で、振り返らなかった背中が目指した場所。
その先が、ここには在るのかもしれない。
今までJILSの名のもとに集っていたもの。
それは紛れもない楽園?だったのかもしれない。
その園を抜け出してまで、何を詠うのか。

それを・・・いま「確かめてみたいんだ」?


照明が落ちた。
蝋燭に灯が燈り、十字架がライトアップされる。
シルエットが二つずつ、二回フェイドインする。
最後に一つ。
その影を、呼ぶ声が・・・

ついに殺到する!


「いつまでも いつまでも 探していた」

終わりを詠う低い声が浸透してゆく。
凛とした重圧が歌詞を押し付けてくる。
CDを軽く凌ぐ衝撃に「この涙ごと この躰体ごと」撃ち抜かれた。
意味なんて解らない。意図なんて汲み取れない。
ただ空間を満たす音楽に
この身体が溺れたのはよくわかった。

肺でじゃなく、皮膚で呼吸する感覚。
当然始めて聴く楽曲を、意識につなぎとめようと五感が働く。
たぶんこっち(観客側)は深海。
ステージは底から見上げる太陽。あ、今は月かも。
だからその光を辿ることに全神経を研ぎ澄ませられる。
今はそれだけが瞼に感じる唯一の光。
幸也の声を、幸也の声を、今は求める。


CDを聴いても感じたことだが
Kαinになって、より譜割が適当に感じられた。
いいかげんな意味の適当、ではなく、歌詞に合わせられた創り、みたいな。
だから余計“歌う”よりは“詠う”感じ。
より“作詞”じゃなく“作詩”だなぁ、って思った。
今回のアルバムはJILS時のミニアルバムのような“等身大”ではなく
世界観を組み込んだ“コンセプト”アルバムの様だけど
等身に重ねられる文章もいつもながらあるし、
・・・言葉の魅力はますます上がってる気がする。

でもやっぱり、これはD≒SIREでもJILSでは紛れもなく違う。
奇しくも・・・それはギターが俊介じゃないってことだけでもそれは感じられたけれど。


ライブも中盤。
DEMOライブのとき二日とも一曲目に演奏された曲が始まる。
曲名はlost。
たぶんJILSが終わったときのファンの心境ってこれにすごい近いような気がする。
もしくは、幸也もファンに想ったこと、かな?
この辺り、全て私の独断だけど
そう思いながら聞くとますます呼吸が乱れた。

だから腕を伸ばす。
「幸也!」叫ぶ声にもチカラが入る。


そして、すでに聞き慣れた前奏が鳴った。
唯一、完成版として配信されていた楽曲、『FLAW』
今までのファンにはとても聴きやすく
おそらくkαinとして初めに聞くには一番違和感なく入り込める曲。

・・・だと、この日聴くまでは思っていた。
こんなにも、ライブ栄えする曲だったなんて。

このカインというバンドは、SHIGEと幸也とエトセトラが以下略な感じで結成されたと事前にMCがあった。
きっとそのせいもあっただろう。

2サビの後のCメロで・・・
呼吸が実際に溺れたみたくなった。
二人の想いは到底私達の理解には及ばないだろうケド
絶対に、絶対に知ることは叶わないだろうケド
その関係を思って切なくなる。

この歌詞の掛け合いが切なくなる。

大げさで、あまりにおこがましい表現だけど、
「よかったね」って。こうして同じステージに立ってて良かったねって。
本気で思った。

だからホントに、今日この場所に入れてよかったなァと、思った。

それはJILSの時も思ってたことだけど。
思ってなきゃいけないって幸也も言ってたけど。

・・・これがきっと答えの一つなんだろうなァ。


やがて本編が終わり
「アンコールって言うな」っていう以前のMCが効いたのか(苦笑)
控えめなアンコール(笑)に呼ばれて三度Kαin登場。

最後は、早くもライブ限定曲の格を漂わせてきている「回帰線」。

「振り返るたび あの頃が愛しく思えた」
これまでの軌跡を消すことなんて出来なくて
でもそれだけじゃダメで
ただ前を向き続けて、それに疲れてまた思い出して
それがやっぱり愛しいものなんだと気が付いていく。

「何度でも 何度でも 泣きじゃくる君を抱きしめて」
抱きしめられて、確かめ合う愛がある。
寄りかかるということは支えあうと同じカタチ。
お互いがお互い絶対的に必要な存在。
それを言葉として断言してくれる幸也を愛してる。


もう、なんだかKαinはこの曲を聴かないと帰れないライブになりそうだ(苦笑)



現実で傷ついた心を持ち合って
辿り着いた場所は
普通とは少しズれた空間。

・・・パラダイスロスト。
私にとっては、ライブの空間そのものが、それに相当する。

パラドックスという箱がある。
ファンにとっては好きなバンドがそのボックスそのものだったりする。
喜びも、悲しみも、その箱によって引き出されることが多々あるし。

Kαinという三つ目の箱を用意してくれた幸也は、
必ず来るであろう“いつか”の日に、どんな景色を見せてくれるのだろう。

・・・どんなものであれ、私の心に刻まれる。
もう既に、幸也の詩は禁断の実として、この身体で消化してしまったのだから。


次回、約束の日。
死んでも行かないと。

あ。その前にイヴの日空けないと・・・

ちなみにアルバム、視聴できます。ここ(これって載せていいのかな?)
幸也を知らない人生なんて、今じゃ考えらんないかも(笑)
7/28 7/29 トウキョウモノクローム

一枚の銀幕が下がっている。
映し出されるのはモノクロの色調。モノクロな都会。
それが未知のステージと現実の間にはだかるように聳える壁。

永遠とも思える時間を切り裂くのはOP.actの「ENDLESS」
七年ぶりとなる永遠再始動の瞬間だ。
けして暴れる曲調じゃない、されど爆発するエネルギーは
あっという間にLOFTを侵食。
すでにこのイベントの大目玉を迎えた気分だ。

続いてthe bullet、allport diaryが、二日目は加えてLOGiC、零がステージを盛り上げてゆく。
どれも初ステージになのに、そのサウンドは心地良く身体に流れてくる。
それは媚びない音楽。ゆえに正直なリリック。
今後の活動に期待を抱くには充分すぎるパフォーマンスだった。

一部の熱狂的なオーディエンスが正面前衛に集結したと思いきや
今までとは明らかに異質な重圧なリフと存在感。
C4登場。

楽曲はthe FUZZのものだが、TOKIが唄えばそこにはすでにTOKIの楽曲。
俊介が歌うのとはまったく違う色なのに不思議と違和感を感じない。
これがボーカリストの天性と呼べばしっくり来る。
D≒SIREのLeave Meのカバーも披露。
どこまでこの男は軽快なのか。MCも冴えに冴えていた。
ラストの幸也書下ろしの曲でC4のサウンドを認識。
BaのREN、DrのTomoi、Gt.SHUNSUKE、Vo.TOKI。
個性の塊。四色融合してものすごい濃厚な魂だった。

二日間。当然ラストはKαin。

JILSの解散から約3ヶ月。
その期間を短いか長いかと感じるのはその人次第だが
幸也の二日目の発言から想像しうる行動を思うと
ものすごく短いような気がする。

「納得させる自信がある」

そういったあの日の言葉は嘘じゃなかった。
コレに限らず。幸也が言うことに嘘はない。
少しの矛盾さえも、それは純粋さであり無垢である証。
どこまでも不器用な、だからこそ慕う人も多い。

この日DEMOと称された楽曲たちはどれも実験段階という話だったけど
今までライブでは感じたことのないものばかりだった。
でもどこか幸也の味がする。
この感覚を私はなんていうのかは知らない。

「もう一度確かめてみたいんだ」

一曲目の歌詞を、JILSに重ねられずにはいられない。
それはファンの心理。エゴ。思い込み。
どれでもいい。これからも追いかけたい。
幸也の声を聞いていたい。生み出す音を感じていたい。
生み出す音を感じて痛い。

「何度目かの嘘をついたとき 君が悲しそうな目をした」
最後にまた君たちに媚を売ります、と前振られて最後の歌が始まる。
それはもう、新しい赤い花。
もう、幸也の掌の上でいい。好きだ。仕方ないよ。

「立ち止まる度 あの頃が愛しく思えた」
一日目はとくに何を話すでもなく演奏されていたが
二日目は中盤に長いMCがあった。
それだけで納得したとか安いことは言うつもりはないけど、
解散してから別に哀しい気持ちだけがあったわけじゃなかったので
私自身はコレを聴いて、もっと幸也に惹かれていく。

このままでいるわけにはいかなかった
JILSをそうさせるわけにはいかなかった

この言葉に視界は照明を溺れさせる。

大切ゆえに、という前提はもう懐古を許さない。
これからと、そしてこれまでの邂逅すべてに感謝を。
だって大好きだもん、みんな。
はにかんでいう幸也を誰が責められようか。

「何度でも何度でも 泣きじゃくる君を抱きしめて」

きっとファンの流す涙が、赤い花の養分だと知っている。
赤い花が咲くたびに涙は溢れる。
その循環が繰り返されるたびに、幸也の歌声と幸也を呼ぶ声は止まない。
だから枯れない。涸れない。嗄れない。

私はこれからも、幸也の音楽を聴いていたい。

kranze。
幸也の周りに集まる花たちがいつまでもキレイな円環を咲かせていますように。

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